レコーディング in スロバキア

音楽
07 /06 2009
なんといっても、今回の旅のメインはレコーディングです。
こちら、スロバキア放送局。
NHKのようなものです。


スロバキア放送局


その中にあるホールを5日間借り切って録音します。
5日間で14曲…かなり強硬なスケジュールです。
(みなさん忙くて、やっと合わせたスケジュールなのです。)
パイプオルガンのある、ステキなホール。


ホール


プッチーニの「トスカ」、「ボヘーム」。カールマンの「ウィーンへ愛をこめて」。レハール「メリーウィドウ」。モーツァルト「魔笛」。ヴェルディ「リゴレット」…などなど、王道の歌曲が並びます。


オー蹴るトラの方々の方々


広いホールは、お客さんが居ない分、音を吸収されることなくよく響くそうです。
演奏してくださるのは、スロバキア放送交響楽団、65人ほどの方々。
わたしには贅沢な貸切コンサートです。


オケの方々


演奏会で日本に行く機会が多いらしく、「こんにちは」と挨拶されたり、「わたしは15回も日本へ行った。」と京王観光のタグを見せて下さる方も…(笑)。


指揮者はH氏


指揮はウィーン在住の日本人、H氏。
彼が全身をうねらせて、オケに風を起こしたり、渦を巻きおこしたりします。
指揮棒の先がちょんとしずくを落とすように、静かに波紋を広げたりします。
時々H氏が「ビッテ…ここはエロティッシュに…」と指示すると、チェロのおじさんが「おう、エロティッシュね。任せてくれぃ。」みたいな会話も(笑)。


ソリスト S氏


ソリストは日本の音大留学中に、H氏に見出された中国人のS氏。26歳。
一年前初めて会ったときは、気さくにカラオケボックスで歌を披露する青年でしたが、あれよあれよという間に世界デビューして主役をこなし、先日は「メトロポリタン歌劇場」のオーディションに受かったというから、その才能は本物です!!
今はオーストリアのグラーツに在住だけど、公演とオーディションで世界中を巡る日々。
日本語、英語、イタリア語、ドイツ語は完璧で、フランス語でも歌える。
日本デビューは来年ですが、これからが本当に楽しみなテノールなのです。


演奏の様子


はじめ、オケの人たちは知らない若造に「こいつは誰だ?」という反応でしたが、彼が歌を披露した瞬間、いっせいに弓で譜面台をたたき、足を鳴らし、「素晴らしい」の声を送り、あっという間に彼の歌を認めました。
わたしもびっくりしました。
この一年、世界の舞台で経験と自信をつけた彼の歌は、本当に心から素晴らしかった。
震えるほど…。


kibouno hitomi yo


おや!
譜面に「kibouno hitomi yo」と書いてあります。
次はいよいよH氏作曲、わたもも作詞のオリジナルです。
「この人が、歌詞を書いた人です」と紹介され、テレながらお辞儀。
すると弾き終わるたび、「こんなんでどうだ? いい感じか?」と、わたしのほうを見てくれます。
「うんうん。バッチリです!!」としゃべれないから顔だけで伝えて…。
夢のような時間だったなあ。


ミキサー室


こちらはミキサー室。
なんとタクはヤマハ製!!
S氏は、頭を掻きむしって苦しんでいました。
実は、オケと歌を同時録音しているので、歌のよいときと、オケのよいときが合わないのです。

そして、5日目。
早くもハードスケジュールのつけが回ってきてしまいました。
S氏の持病(疲れすぎると出てしまう)で、歌うたびに耳が割れそうに痛く、口がよく開かない状態に…。
そんな身体でも「出来るところまでやってみます」と最後まで歌いきってくれました。
今回お世話になったスロバキアのレコード会社の社長さんが「この国ではこういうとき、これを使う。」と下さったニンニク(!!)を耳に詰め、痛みをこらえて歌った「カルメン」が、実は切なくてすごーくよかったことは、内緒の話です。
(歌いながら…「痛い!!」「臭い!!」「痛い!!」…だったそうです・笑)


ご機嫌なわたももさん


長々と書きました。
最後まで読んでくださってありがとう。
CDが無事発売になったとき、S氏が日本公演をするときは、またお知らせしますね。

次はウィーンの旅へ続きますよ。

わたなべもも

いつも夢みたいなことばかり考えているから、ふわふわした日常ですが、現実は受け入れるべきと立ち向かってもいるのです。